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判例から学ぶ、メンタル疾患を抱えてしまった社員への対応方法

メンタル疾患を抱えてしまった社員への対応方法

矢口耕太郎

弁護士 福岡市雇用労働相談センター相談員

矢口耕太郎

こんにちは!FECC相談員の弁護士の矢口耕太郎です!今日のテーマは「メンタルヘルス」です。
実際にメンタル疾患を抱えてしまった社員に対して、どのような対応を取るのがよいか、実際の凡例などを参考にしながら、一緒に考えていきましょう。

1. ケースで考えてみよう

株式会社スタートアップの社長Aは、2019年4月、新たにエンジニアのYさんを雇うことにした。
雇用条件は、

就業時間
午前8時30分~午後5時30分(午後12時~1時までは休憩時間とする。8時間労働。土日祝休み)

基本給
月給20万円+固定残業代5万円(ただし残業時間34時間分、超過した場合は別途支払う)

である。

Yさんは、とても真面目でプログラミングを得意としていた。周囲ともコミュニケーションをとりながら過ごしていた。

2020年8月、突然Aの下にYさんが「相談があります」と言ってきた。
何事かと思って聞くと「Cが私に嫌がらせをしてくるんです。コロナ禍でソーシャルディスタンスを求められてるのに、急に私の近くにきて大声を出したり、私が家で寝ているときに家のドアをドンドン叩いてきたり、この間は家の中まで入ってこられました。もう限界です」とのことであった。

Aはびっくりして、Cに事情聴取したところ、Yさんの近くで大声をだしたり、Yさんの家に行ったりしたこともないという。Aは不思議に思ってYさんに伝えたが、Yさんは納得しなかった。

その1か月後、再びYさんがAのもとに相談にきた。
「Cの他にDも一緒になって私も嫌がらせをしてくるんです。マスクを私の目の前でとっていつも「殺す殺す殺す」と私に話しかけてきます。もう耐えられません!このままでは会社に出社できません!どうにかしてください!」とのことであった。

Aさんはおどろいて、CとD、近くの社員に話を聞いたが、そのような事実は認められなかった。
そのうち、Yさんはいつも目が緊張した感じになって、ぎょろぎょろと周囲を警戒し、ある日Aさんに「もう出社できません!」と一方的に言ってきた。これはYさんの様子が明らかにおかしい、調べているうちに統合失調症なのではないかとAは考えた。

翌日よりYさんは、会社に来なくなった。
どうしようか悩んだが、Yさんの行動で会社の中がとても混乱していたこともあり、Aはこのままにしておくわけにはいかないと考え、就業規則には私傷病休職の規定はあったものの、「無断欠勤」を理由として「解雇」とした。

1か月後、Yさんの弁護士から、解雇無効の訴えと、解雇した日からの給与の支払いを求める裁判を起こされた。」

いかがでしたでしょうか。
たびたび会社の中で混乱を起こすYさんですが、どうもA社長は、「統合失調症」ではないか?と疑っているようですね。

2. 統合失調症とは?

メンタル疾患を考えるにあたっては、どんな病気なのか?ということをきちんと知ることも大事です。

統合失調症は、さまざまな刺激を伝えあう脳をはじめとした神経系が障害される疾患です。
詳しくは不明な部分もありますが、緊張、リラックスを司る神経系や、意欲やその持続に関連する系列、情報処理・認知に関する何らかの系列にトラブルが起きているといわれています。そしてこれは特殊な病気ではなく、100人に一人くらいの割合でかかったことがあるといわれている病気です。
統合失調症にかかると、幻覚と妄想が代表的な症状としてみられ、いつも不安そうで緊張していたり、ひきこもったり、何が言いたいのか分からなくなったりするといった症状も見られることがあります。

3. お互いの主張を見てみよう

さて、今回株式会社スタートアップの社長Aは、会社にこなくなったYさんのことを「無断欠勤」を理由に「解雇」しました。この判断は正しかったのでしょうか?
実際にYさんの弁護士から解雇無効の訴えと解雇した日から給与を求める裁判が起きていますので、お互いの主張をみてみましょう。

4. どちらが正しい?

まず、「解雇」が法律上どのように規定されているかを考えてみましょう。

もともと、民法では、雇用契約について期間を決めていない場合は、「各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができる」として解雇するのも自由であるとしていました。
ただ、会社からもらう給料は、社員の生活に直結するものです。突然解雇されてしまって給料が出なくなってしまうと、生活費がなくなり社員や家族の命すら脅かすことがあります。

そこで、日本にはもともと簡単に解雇することができない「解雇権濫用法理」という判例法理がありましたが、今では「労働契約法」という法律で簡単に解雇をすることができないようになっています。

労働契約法16条は

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。労働契約法16条

と規定しています。

解雇については、客観的に合理的な理由があって、かつ社会通念上相当と言えなければ無効になってしまうんですね。労働契約法16条は会社が行う解雇に大きな制約を与えています。

今回のケースの解雇では、客観的に合理的な理由があって、社会通念上相当と言えるのでしょうか?

株式会社スタートアップは、「無断欠勤」を理由として解雇しています。
「無断欠勤」は、一般的には信頼関係を大きく通常破壊するものですし、会社の損害も大きく、就業規則によれば、「無断欠勤」は解雇事由となるものがほとんどです。
そうすると、無断欠勤が事実であれば、「客観的に合理的な理由あり」として解雇は有効となりそうにも思えます。
しかし、本件では、会社もメンタル疾患を疑っていたという事情がありますね。

それでも解雇は有効となるのでしょうか?

労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」とか「社会通念上相当」といった概念は非常に抽象的です。どのような判断もあり得そうにも見えます。
こういったときには類似のケースから考えてみましょう。

東京高等裁判所が平成23年1月16日に出した判決を見てみますと

「社員が欠勤を継続したのは、被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものであったから、傷病その他やむを得ない事由によって欠勤することが可能であった」

「精神的な不調が疑われるのであれば、本人あるいは家族、社員のEHS(環境・衛生・安全部門)を通した職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことが考えられたし、精神的な不調がなかったとすれば、欠勤を長期間継続した場合には、無断欠勤となり就業規則による懲戒処分の対象となることなどの不利益を告知するなどの対応をしていれば、欠勤が継続することはなかったと認められる」

(東京高等裁判所平成23年1月26日判決・日本ヒューレット・パッカード事件)

と判示して、解雇する前に私傷病休職を促すべきだったとして、客観的に合理的な理由がないとして解雇を無効にしました。

この裁判例を本件ケースで見てみますと

本件のケースでも、会社はメンタル疾患を疑っていたが、実際にはメンタル疾患である可能性が高かった。
かつ、それにもかかわらず、就業規則に定める私傷病休職などの促しをせずに、「無断欠勤」を理由に解雇した。
という点は、裁判例と同じです。

そうすると、解雇に客観的に合理的な理由がないとして、無効となる可能性が高くなりますね。

5. どうすればよかったのか?

解雇が無効になってしまいますと、会社は社員に対して、解雇してから判決が出るまでの給与を全額支払う必要があります。
その額は1000万円を超えることもあり、これだけでも、中小企業にとっては非常にダメージが大きいのです。

どうすればよかったのでしょうか?

裁判例から考えますと

どうすればよかったのか?
  • メンタル疾患については、使用者側にも社員のメンタルヘルスに配慮する義務があることを理解しておく必要があった。受診の促し、休職命令による休職からの職場復帰を検討すべきであった。
  • 「解雇」については、合理的な理由を欠く不当な解雇にならないように、「解雇以外の方法を取ることができないか?」を常に考えなければならない。

ということが読み取れます。株式会社スタートアップは、まずは解雇ではなく、病気での休職によって、Yの統合失調症の回復を促す手段を取るべきでした。

6. 最後に

メンタル疾患は、怪我や普通の病気と違い、外からみても分からないことが多いという特徴があります。
周りからの理解も得られにくいですし、トラブルも起こりやすいです。そのため、無理解から対応を誤りやすい部分があります。

対応の際には、以下のポイントを押さえておきましょう。

今日のポイント
  • 社員がメンタル疾患ではないか?と疑ったら、どんな病気なのか?ということをきちんと知る努力をしましょう。
  • 解雇は労働契約法16条により、簡単にはできないことを理解しましょう。
    一旦解雇が無効になると、社員の復帰とともに、解雇してから判決までの給与を支払う必要があります。
  • メンタル疾患を疑った場合には、職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことを検討しましょう。

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FECCでは、人事・経営者の方の労務や法務に関する疑問の解決をお手伝いしています。メンタル疾患を抱えてしまった社員への休職や解雇などの取り扱いについても、弁護士や社労士に無料で相談することが可能です。お気軽にご相談ください!

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この記事を書いた人

矢口耕太郎

弁護士 福岡市雇用労働相談センター相談員

矢口耕太郎

鴻和法律事務所所属。九州大学法科大学院非常勤講師。中小企業から上場企業まで、幅広く企業法務を取り扱っている。特に法務や労務の整っていないスタートアップ企業に対しては、労務管理から契約書整備、クレーム対応、株主総会や取締役会の運営支援まで、わかりやすく丁寧に指導することを心がけている。

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